太郎坊宮の物語をたどるとき、いちばん最初に出会う不思議な存在がいます。
天狗です。
赤い顔、長い鼻、山伏の格好に羽うちわ。どこか親しみのあるキャラクター。
でも、太郎坊宮の天狗には、日本中を見わたしても、ここにしかない“とんでもない秘密”があります。
第1話は、その謎解きから始めましょう。
「長男坊」という言い伝え
太郎坊宮には、こんな言い伝えがあります。
「太郎坊宮の天狗は長男坊、京都・鞍馬の天狗は次男坊」。
天狗界のスーパースターといえば、源義経に剣術を教えたと語られる鞍馬の天狗。
その鞍馬の天狗が“弟分”で、太郎坊が“兄”だというのです。
もちろん、史実として断定する話ではなく、地域に語りつがれてきた物語です。
でも、考えてみてください。なぜ、太郎坊が兄なのでしょう。「太郎」だから長男——それだけの話なのでしょうか。
「太郎」は、長男という意味だけじゃない
じつは「太郎」という言葉には、もうひとつの意味があります。
むかしの人は、いちばん優れたものに「太郎」の名を贈りました。
奈良・東大寺の大鐘は「奈良太郎」、日本一の大河・利根川は「坂東太郎」。由縁書『太郎坊宮─信仰の歴史を辿る』にも、「太郎」には最も優れたもの、秀でたものという意味が込められている、と記されています。
つまり「太郎坊」とは、「一番目に生まれた天狗」ではなく、「最も優れた天狗」に贈られた名前なのかもしれないのです。
天狗の“家系図”は、ひとつじゃない
面白いことに、天狗の系譜は資料によって少しずつ違います。由縁書に寄せられた文章では、太郎坊は修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)の兄弟子、弟の次郎坊は京都・愛宕山、と紹介されています。——あれ、鞍馬じゃない?
そう。地域によって、時代によって、天狗の兄弟の顔ぶれは揺れているのです。
でもこれは、あやふやな話、という意味ではありません。むしろ逆。それだけ長い時間、たくさんの土地で、たくさんの人が、この天狗のことを語り続けてきた証なのです。
八大天狗の中に……いない!?
日本には「八大天狗」と呼ばれる、名だたる大天狗たちがいます。
愛宕山の太郎坊、比良山の次郎坊、鞍馬山の僧正坊……。では、赤神山の太郎坊は、何位でしょう?
答えは——ランキング外。えっ、格下だったの?
いいえ。ここからは、ひとつの見立てです。八大天狗というランキングが生まれるよりも、ずっと前からこの赤神山にいた。
順位のつけようがない、“始祖級”の別格だったとしたら——?
天狗の名前が、神社の名前になった!?
その見立てを支える、目に見える事実があります。
太郎坊宮の正式名称は「阿賀神社」。ご祭神は、正哉吾勝勝速日天忍穂耳大神という神様です。
太郎坊は、ご祭神ではありません。この山を守ると伝えられてきた、天狗の名前です。
ところが、人々が呼ぶ名前は「太郎坊宮」。さらに赤神山まで、「太郎坊山」と呼ばれるようになりました。
境内の江戸時代の石灯籠には「太郎坊権現」、なかには「太良坊」と彫られたものまで残っています。
そして明治9年(1876)、国の方針で神社の名前が「阿賀神社」に統一されたあとも、人々は畏敬と親しみをこめて「太郎坊さん」と呼び続けたのです。
一人の天狗の名前が、神社の呼び名になり、山の名前にまでなった
——こんな例は、日本中を見わたしても、ここ以外にめったにないのです。
最澄を助けた、という逸話
この天狗、“働きぶり”も語りつがれています。由縁書によれば、1200年ほど前、最澄(さいちょう)という高名なお坊さんがこの山に社殿の建立を発願したとき、山の奥から天狗が現れて力を貸したという逸話が残ります。
山で厳しい修行を積む山伏の姿が、いつしか太郎坊天狗と重ねられていった、とも。
仏さまが姿を変えて太郎坊になった、と説く人たちもいました。
神と仏がいっしょにいた時代の話は、第9話・第10話で訪ねます。
では、なぜこの山に、天狗が?
これほどの存在感をもつ天狗は、どこから来たのでしょう。その問いを考えるとき、見上げたいのは、東近江の空です。
東近江には、鈴鹿10座のひとつ「天狗堂(てんぐどう)」という山があり、一帯はイヌワシ、クマタカ、サシバが生きる、世界の研究者も注目する繁殖地です。なかでもイヌワシは、漢字で「狗鷲(いぬわし)」とも書く、翼を広げると2メートルをこえる日本最強クラスの鷲。秋には猪子山あたりで「タカの渡り」が見られ、多い日には1000羽をこえます。
想像してみてください。飛行機も望遠鏡もなかった、千年前。
空の高いところを、人間よりも大きな翼の影が、すうっと横ぎる。
鋭い目で地上を見すえ、風をつかんで自在に舞い、山の向こうへ消えていく——。
その姿を見上げた人が、「あれは、ただの鳥じゃない。山の主(あるじ)だ」と思ったとしても、ふしぎではありません。
ここからも、ひとつの見立てです。
古代の人々は、「天を駆ける狗鷲」の姿に、天狗の原像(げんぞう)を見たのかもしれません。
天狗の物語は、東近江の自然そのものから生まれた——とも言えるのです。
山に登ると、天狗に近づく
赤神山は、標高357.2メートル。高すぎる山ではありません。
けれど平野からよく目立ち、三角形の姿がなぜか心に残ります。
742段の石段を登ると、半分をすぎたあたりで、息が変わる。
町のざわめきが遠ざかり、風の音と、自分の心臓の音が大きくなる。
むかしの人も、登りながら「この山には何かがいる。ふつうじゃない」と感じたのでしょう。
その“ふつうじゃない不思議な体験”に名前をつけたのが、天狗との出会いだったのかもしれません。
空を見上げるところから
天狗が本当にいたのかどうか。それだけを問う必要はありません。
大切なのは、人々がこの山に「何かがいる」と感じ、それが物語となり、祈りとなって、いまに伝わっていること。
そしてその天狗が、神社と山に名前ごと残るほど、愛され、畏れられてきたことです。
天狗の“長男”が、この山にいる?
——いいえ、もしかすると。長男どころか、天狗たちの物語が始まるより前から、この山にいた“別格”かもしれません。
太郎坊天狗。いったい、何者なんだ?
その物語はやがて、渡来人や秦氏、聖徳太子、源義経へとつながっていきます。でも、それはこの先の回のお楽しみ。
そして——その天狗が棲む赤神山。
じつはこの山じたいが、はるか恐竜の時代の、とんでもない火山の名残(なごり)だと知っていましたか。
つぎのおはなし
次回 まなぼう第2話「太郎坊さんの足元は、恐竜時代の火山?」へ続きます。
