SAVE TAROBO PROJECT
まなぼう たろぼう ─ 第14

子どもと歩けば、千年前とつながる

連載 きてやたろぼう/文・前川 真司

「まだ?」

子どもと一緒に、742段を登ってみてください。

たぶん、百段もいかないうちに、こう言われます。

——まぁだ?

大人の足で十数分の道のりも、小さな脚には長い。

途中で座り込むかもしれません。抱っこをせがまれるかもしれません。

けれど不思議なもので、子どもは何かを見つけると、また歩き出します。

大きな岩。

石段のわきの木の根。

鳥居の柱に彫られた名前。

そのたびに、聞かれるはずです。

——これ、なあに?

この連載を読んでくださったあなたは、もう答えられます。

答えられる、ということ

その岩は、恐竜がいた時代の火山が残したものだよ。

この山は、むかし湖に浮かぶ島だったかもしれないんだって。

上のほうに、二つのすごく大きな岩があって、そのすきまを通らないと本殿に行けないんだ。

むかしはあそこ、天狗の住処だと思われていたらしいよ。

この神社の神様の名前はね、「勝った、勝った、まさに勝った」って意味なんだ。

でも、この世でいちばん手ごわい相手は、自分自身なんだって。

——どうでしょう。

ずいぶん話すことが増えたのではないでしょうか。

第1話で、私たちは天狗の名前の謎から始めました。

そこから、恐竜時代の岩を触り、742段を登り、夫婦岩をくぐり、東近江を見わたし、舞台の意味を知りました。

義経の物語を追い、神様の名前を読み解き、自分自身と向き合いました。

海を渡ってきた人々のことを知り、山が燃える夜を見て、汽車と飛行機の時代を通り、この山の一年をめぐりました。

14回かけて、ずいぶん遠くまで来たものです。

神は、人の敬いによって

さて、最終回です。

この連載でずっと考えてきたことに、そろそろ答えを出したいと思います。

——この山を、なぜ1400年間も守ってこられたのか。

鎌倉時代につくられた、「御成敗式目(ごせいばいしきもく)」という戒律の、第一条にこんな一節があります。

神は人の敬いによって威を増し、人は神の徳によって運を添う。

神様は、人が敬うことによって力を増す。

そして人は、神様のおかげで運がひらける、と。

——順番に、注目してください。

先に来るのは、人のほうなのです。

人が手を合わせるから、神様の力が増す。

これは、太郎坊宮の宮司さんが大切にされている言葉でもあります。

そして、宮司さんはこうもおっしゃいます。

建物だけ残っても、それは神社やない。人が手を合わせてこそ、生きた神社や。

どれほど立派な社殿があっても、誰も来なければ、そこはただの「建物」にすぎない。

1400年間、この山が生きつづけてきたのは、途切れることなく、誰かが手を合わせてきたからなのです。

誰かが、誰かを連れてきた

では、その「誰か」は、どうやって次の「誰か」に代わったのでしょう。

答えは、単純です。

連れてこられたのです。

親に。祖父母に。近所のおじさんに。学校の行事。部活の顧問の先生に。

お正月に、手を引かれて。夏祭りの夜に、肩車をされて。

わけも分からないまま石段を登らされ、大きな岩を見上げ、狭いすきまをくぐった。

その子どもが大人になり、自分の子どもを連れてくる。

その1年のサイクルが、1400回、くり返されてきました。

この連載で見てきた人たちも、そうでした。

霜の日も雪の日も登った茶商人。鳥居を奉納した大阪の実業家。縄を綯う人。汽車で来た人。

誰ひとり、生まれたときからこの山を知っていたわけではありません。

どこかで、誰かに出会わされたのです。

信仰とは、案外そういうものなのかもしれません。

難しい教えより先に、まず、連れてこられた記憶がある。

いま、順番が回ってきている

そして、いまです。

この山には、146年前に架けられた「舞台」があります。

明治13年(1880年)。

神と仏が引き裂かれ、寺が壊されていった、あの嵐の時代に、この山の人たちが架けた床です。

それが、そろそろ限界を迎えています。

木は傷み、床は歪み、手を入れなければならない時期に来ています。

——順番が、回ってきたのです。

146年前、誰かがこれを架けました。

そのあいだ、誰かが直しつづけてきました。

そして、いまこの時代に立ち会っているのが、私たちです。

宮司さんは、こんなふうにおっしゃっています。

舞台をコンクリートではなく、木でつくり直せば、三十年ほどでまた手を入れることになる。

でもだから、これを一度きりの工事にせず、三十年ごとの「祭り」にしてはどうか、と。

三十年後、また同じことをする日が来る。

そのとき、この地域の人たちが「やりますで」「よっしゃ、やりましょ」と言い合える。

そんな地域であってほしい、と。

これは、次の世代への宿題です。

いちばん強い相手は、外にはいない

第9話で、こんな話をしました。

742段を登るとき、あなたを止めようとするのは、自分自身の声だと。

じつはこれは、山を守ることにも当てはまります。

神社の修繕なんて、誰かがやるだろう。

自分ひとりが何かしても、しなくても、さほど変わらないだろう。

——そういう声です。

けれど、この山を1400年つないできたのは、いつだって「誰か」ではありませんでした。

その時代に生きていた、具体的な誰かです。

茶を売りながら太郎坊さんの話をして回った人がいた。

千を超える鳥居の一基を、建てた人がいた。

稲わらで、注連縄を綯った人がいた。

どれも、大きなことではありません。

できることを、できる人が、その時代にやった。

それだけのことが、1400年つづいてきたのです。

この石段は、手渡されてきた

最後に、もう一度、子どもと石段を登る話に戻ります。

あの742段は、誰かが石を運んで積んだものでした。

参道の鳥居は、誰かの祈りのかたちでした。

夫婦岩の注連縄は、御新田で植えた稲でできています。

そして毎朝、誰かが山に上がって、神様に食事を供えています。

そう、この山のすべてが、手渡されてきたものです。

1400年前の誰かから、100年前の誰かへ。

100年前の誰かから、いまの誰かへ。

そして、あなたが子どもの手を引いて登るとき——。

あなたは、その列に加わっています。

1000年前の人と、同じことをしているのです。

これで、「まなぼう たろぼう」は終わりです。

けれど、物語はここで終わりません。

次からは「まもろう たろぼう」。

いま、あの舞台に何が起きているのか。

それを直すのは、どんな人たちなのか。

そして、今を生きる私たちに何ができるのか。

まずは、146年間あの舞台を支えてきた、驚くべき技術の話から始めましょう。

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