その絶景は、床の上にある
前回、東近江の眺めをたっぷりご覧いただきました。
けれど、大事なことを最後に申し上げて終わりました。
あの眺めを見ている場所、実は地面の上ではありません。
山の斜面から張り出すように架けられた、木造の「舞台」の上です。
足元は床板。手すりの向こうは、すとんと落ちる崖。
この建て方を「懸造(かけづくり)」といいます。
平らな土地がないところに、長い柱を組んで床を支え、空中に建物をせり出させる工法です。
いちばん有名なのは、京都の清水寺の舞台でしょう。
あの「清水の舞台から飛び降りる」の、あの舞台です。
太郎坊宮の舞台も、同じ工法で建てられています。
面積規模はずっと小さい。けれど、崖にせり出しているという点では、まぎれもなく仲間です。
むかしは、ここに立てなかった
さて、ここでこの回のいちばん大事な話をします。
むかしの人は、この場所「舞台」に立つことができませんでした。
宮司さんによれば、かつては拝殿から上が神域とされ、一般の人はそこから先へは入れなかったといいます。
では、人々はどうしていたのか。
それは、中腹にある「拝殿」に立ち、その先にそびえる岩山を、下から仰ぎ見て拝んだのです。
第4話で、夫婦岩はかつて立ち入ることのできない聖域だった可能性が高い、と話しました。
第3話では、まっすぐな石段が後の時代につくられたものだ、というお話もしました。
——つながってきました。
この山では、聖なる場所と、人とのあいだに、はっきりとした線が引かれていたのです。
その線の向こう側は、見上げる場所であって、誰しもが簡単に立ち入れる場所ではなかった。
近江高天原
その、線の向こう側。
いまの舞台があるあたりは、古くから「近江高天原(おうみたかまがはら)」と呼ばれてきたと伝えられています。
高天原とは、日本の神話で神々が住むとされる天上の世界のことです。
この山の中腹の一角を、人々は「神々の世界」と呼んだ。
ずいぶん大きな名前をつけたものだと思われるかもしれません。
けれど、実際に登ってみると、この名前はふしぎとしっくりきます。
見上げれば巨岩がそびえ、雲が流れ、風が鳴る。
振り返れば、はるか下に平野がひろがっている。
空と地上の、ちょうど境目のような場所。
ここを高天原と呼びたくなった気持ちは、なんとなく分かる気がするのです。
そこへ、舞台が架けられた
では、なぜその聖域に、舞台が架けられたのでしょう。
太郎坊宮の舞台は、明治13年(1880年)に建てられたと伝えられています。
建てたときの記録そのものは、いまは残っていません。
ただ、大正12年(1923年)に神社でまとめられた記録誌に、舞台が明治13年に初めて建てられたという記述があり、それが手がかりになっています。
明治のはじめは、神社にとって大きな転換期でした。
長いあいだ一緒だった神と仏が、国の方針で分けられた時代です。
(そのお話は、第10話でじっくり訪ねます)
神社のかたちも、人と神様との距離も、大きく動いた時期でした。
そのなかで、この山に舞台が架けられた。
記録がないので、誰がどんな思いで決めたのかは分かりません。
けれど、結果として起きたことは、はっきりとしています。
それまで拝殿から仰ぐしかなかった場所に、誰もが立てるようになったことです。
神々の世界とされた高天原に人が足を踏み入れ、そこから同じ景色を眺められるようになった。
舞台とは、畏れの山と、今を生きる人とを「つないだ場所」なのだ。
私は、そう考えています。
岩の上に、ちょこんと置いただけ
ところで、この舞台。
どうやって崖の上に立っているのだと思いますか。
修復を手がける宮大工の方にうかがって、驚きました。
柱は、地面に深く埋め込まれているわけではないのです。
岩の上に、ちょこんと置いてあるだけ。
その柱を、横木で組み合わせて支える。
それだけで、あの床は空中に浮かんでいます。
そして、146年のあいだ、落ちませんでした。
台風も、地震も、雪も越えてきました。
宮大工さんは、こうおっしゃいました。
「あの舞台は、あの場所に合うてるんです」
固めて動かないようにするのではなく、揺れをうまく逃がす。
その土地に合ったかたちで建てる。
むかしの職人が持っていた知恵です。
そのくわしい話は、この連載の終盤で、じっくりうかがうことにしましょう。
そして、人は願いに来た
こうして、誰もが立てるようになった舞台。
ここに、人々は登ってくるようになりました。
眺めを見に来たのでしょうか。
それもあったでしょう。けれど、それだけではありません。
人は、願いを持って登ってきたのです。
太郎坊宮は、古くから「勝運の神様」として知られてきました。
試合に勝ちたい。試験に受かりたい。仕事の勝負に勝ちたい。
いまも、たくさんの人がそう願って、742段を登ります。
けれど——。
この神社の「勝運」、どうやら、私たちが思っているようなものとは、少し違うようなのです。
次回、第7話では、この山の「勝つ」の意味に踏み込みます。
